ARIEL SQUARE FOUR 技術篇 ―― 英国が生んだ“静粛なる四拍子”の秘密
Ariel社のSquare Four(スクエアフォー)は、1931年の登場以来「英国が設計した最も独創的な多気筒」として語り継がれる。
その名が示すとおり、エンジンは4気筒を2×2で正方配置した構造。
しかし、その狙いは単なる変わり種ではない。目的は回転バランス・熱管理・コンパクト化の三立――
当時としては極めて高次な“エンジニアリングの美”を体現していた。
1) 構造概要 ―― 2×2クランク構成の衝撃
Square Fourは、前後2基の並列2気筒ユニットを90度ずらして背中合わせに配置し、
それぞれに独立したクランクシャフトを持つ。
この2本のクランクを中央ギアで結合し、1本の一次駆動ギアにトルクを統合する方式を採用。
理論上、一次振動を相殺しながらV4のようなトルク特性を実現できる。
結果として、1930年代初期にして極めて静粛で滑らかな4気筒を成立させたのだ。
この機構は、実際には現代のV4や水平対向エンジンに近い振動特性を持ち、
当時の英国車が得意とした“低振動・長寿命”という文脈に極めてマッチしていた。
特筆すべきは、これを1本カムシャフト・1本クランクケースで構成したこと――
つまり、理論と現場加工の両立が前提のエンジンだった。
2) バランス理論と回転挙動
- 前後のクランクシャフトが互いに逆回転することで慣性モーメントを打ち消す。
- 1–2–4–3の点火順序により、トルクパルスを均一化(実質V4の等間隔爆発)。
- これにより、当時のOHV/OHC単気筒とは比較にならない回転の滑らかさを獲得。
- バランサー不要でありながら、実質的にバランサーを内包する構造となった。
この結果、Square Fourはわずか3,000rpm程度の巡航でも「シルクのような回転感」と評された。
一方で、クランクギアのバックラッシュ管理が難しく、熟練したアセンブリが要求された点も特徴的である。
3) 冷却と潤滑――Squareレイアウト最大の課題
Square Four最大の弱点は後方シリンダーの熱集中だった。
前後で吸気・排気が同方向に流れるため、リア側がどうしても熱を抱えやすい。
Arielはこれを解決するため、年式ごとにさまざまな工夫を試みた。
| 年式 | 冷却・潤滑改良 |
|---|---|
| 1931–1935(初期型) | 鉄シリンダー+小フィン。熱ダレ多発 |
| 1936–1948(4G / 4F) | アルミヘッド化+オイル経路増強。耐熱性向上 |
| 1949–1959(MkI / MkII) | 完全アルミブロック+大型フィン。油温安定化に成功 |
さらに潤滑系では、オイルポンプを二重化(供給/戻り独立)し、
熱負荷を分散させると同時に、オイル経路のデッドエンド削減を実現。
この発想は後年のBSA A10やTriumph T120にも受け継がれる。
4) 吸排気・カム駆動の妙
初期のSquare Fourは中央カムシャフト+プッシュロッド駆動だったが、
最終型MkIIではOHC化。カムドライブはギアトレイン+縦シャフトで、
バルブタイミング精度を格段に高めている。
この構造は、当時の市販車では極めて珍しいもので、
実質的に「DOHC的制御をOHV構成で再現」したとも言われる。
また吸排気は前吸気・後排気の交差流方式を採用。
燃焼効率が高く、エンジン全体の冷却風路を最適化する工夫でもあった。
5) 動力特性と実走フィール
- 低速トルクが厚く、1,500rpmからクラッチミート可能。
- 中回転域(3,000–4,000rpm)で振動が消え、独特の「粘る滑らかさ」が出る。
- 高回転では吸気ノイズが強まるが、メカノイズは極めて少ない。
- 一次減速が長く、トップギアでの80mph巡航が容易。
Arielはこのエンジンを「Quiet Speed(静粛なる速さ)」と称し、
Red Hunterとは異なるラグジュアリー志向のフラッグシップとした。
重量は200kg超ながら、重さを感じさせないフライホイール効果が乗り味を支えている。
6) メンテナンス性と整備上の留意点
- 中央ギア部のバックラッシュ調整が肝要。0.002–0.004inを基準。
- リアシリンダーの排気ポート焼けに注意。定期的なカーボン清掃必須。
- オイルポンプ駆動ピンの摩耗→油圧低下の兆候を早期検知。
- スパークプラグの熱価管理が重要。前後で番手を変えるのが定石。
Square Fourの整備性は決して悪くない。
ただし、「正確に組める人が組めば最高」という職人気質の設計。
これは、英国がまだ「量産より個人の手」を信頼していた時代の名残でもある。
7) 総括――機械の詩としてのSquare Four
Square Fourは、速度でもパワーでもなく、“回転の静けさ”で人を魅了するエンジンだった。
そのメカニズムは合理と詩情の中間にあり、
振動を理屈で消し、音を感性で整えるという、英国らしい完璧主義の結晶である。
この構造思想は、現代のV4、BMW Kシリーズ、さらには電動モーターの振動制御思想にまで通じている。
Square Fourは単なる“過去の機械”ではなく、今なお回転バランス学の原典なのだ。
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